Title: Revision of Shadows / 陰影のリビジョン
Venue: TALION GALLERY
Participating Artists: Itsuki Doi / Naoki Miyasaka / Sayuri Miyashita
Date: 2021/7/10 - 2021/8/7



本展は、3名の作家が陰影をめぐる認識や美学について、それぞれの立脚点からリビジョン(改訂)を加えることを企図して展開されます。


「展示に寄せて 」

最近は短い時間で効率よく「情報」を手に入れるためにYouTubeの動画を2倍速とか3倍速にして見る人が増えているらしいが、私もご多分にもれずそういった見方をすることが増えている。私は大学で授業も担当していて最近はすべてzoomでの授業なのだが、学生のなかにはリアルタイムの授業はさぼって、録画された授業動画を後で倍速にして授業内容を理解している人もいるらしい。

今年のゴールデンウィークに数年ぶりに逗子の一色海岸を訪れた。この海岸にはその地形の関係で少し独特なsound scapeが存在しているため以前は何度となく音を録音するために通っていた馴染みのある海岸である。いままでどおり浜辺に座り、レコーダーの電源を入れ波の音を録音している間海を眺めていたのだが、なんだかそれまで海を見ているときには感じなかった、今までどうやって海を見ていたのかうまく思い出せないような感覚が残った。ずっと倍速の映像ばかり見ているうちに海の見方を忘れてしまったのかもしれない。

世の中には速度を変化させると、そこから生まれる情報の質も変わってしまう現象とそうではない現象がある。3倍速で再生される海と等倍速の海における単位時間あたりの情報量はどちらのほうが多いのだろう。

(土井樹)



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- _MG_9918.JPG 海の見方を忘れた / I forgot how to see the sea (2021)

Left: Diff, Center: x1, Right: x2

映像、10.1 inchモニター

説明:  
神奈川県逗子にある一色海岸で撮影した海の映像を、YouTubeにアップロードしたのち等倍速再生したものをキャプチャした映像 《x1》、YouTubeの倍速再生機能を用いて2倍速再生したものをキャプチャした映像 《x2》、2倍速再生した映像から等倍速再生した映像を(一コマ飛ばしで)引き算した映像 《Diff》から構成される作品。

陰影を愛でるというのは、0と1どちらでもない狭間を愛でるということになるわけだが、映画を二倍速で見るという行為はそういったどっちつかずもの(特に時間方向におけるどっちつかずもの)をできる限り排除したい場合有効な手段だと思う。ゆえに、二倍速で映画を見ることは情報の質が落ちるので良くないことだと言われることもあるわけだが、ひょっとして増えている情報もあるのではないかと思ったことが作品制作の起点となっている。《DIff》は二倍速映像から等倍速映像を減算することで増えた「情報」を視覚的に見せている。作ってからわかったことではあるが、水平線が写っている映像のように見始めたときに「海だ」と思った以降なんのイベントも起きないようなものは二倍速にしても等倍速にしても違いがよくわからない。なにかの現象に対して遅いとか早いとか思うには、記憶の中にそういった速度のリファレンスがある必要があるが、記憶の海には速度というのものはないのだとおもう。作品タイトルは、大学でzoomを用いた授業を行っている際に教授との議論の中で出た言葉からきている。

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_MG_9946.JPG _MG_9955.JPG 海の影 / The projection of the sea (2021)

紙にインクジェット出力

説明:  
データを解析する際によく用いる解析手法のひとつに次元圧縮とよばれるものがある。例えばここに100 x 100 pixelの画像がたくさんあるとしよう。この画像(犬とか猫とか)がお互いにどれくらい似ているかを図示したいとする。 人は残念ながら高々3次元までしか空間的に認識することができないが、もとの画像は100 x 100 = 10,000次元もあるので何かしらの方法で、この10,000次元を2とか3次元まで落としてやる必要がある。
こうした高次元空間に浮かぶデータ群のデータ間の距離を維持しながら低次元に落とす手法を次元圧縮とよぶ。言い換えると高次元空間に存在するデータの影を見ることでデータを理解する方法である。

この作品は、《海の見方を忘れた》で使用した映像をUniform Manifold Approximation and Projection (UMAP) という2018年に発表された次元圧縮の手法によって2次元空間に描写したものである。この2次元空間での一つの点は映像の1フレームに対応し(線のように見えるのは点がつながっているから)、色の変化が時間の経過を表してる(青が始点、黄色が終点)。 この二次元空間では映像を構成する各フレームが似ていれば似ているほどより近くに点がプロットされる。
《海の見方を忘れた》で使用した映像は1フレームあたり、1280 x 800 x 3(RGB) ≒ 30万次元 なので、この図《海の影》は30万次元空間内における時間発展を2次元空間に射影 (projection) したものということになる。



_MG_9914.JPG Device (2021)

DCモーター、実験スタンド、海水、アクリルケース、ミラー工作紙

Left: 70 rpm, Right: 140 rpm

説明:  
《海の見方を忘れた》の映像を撮影した場所の海から採取された海水を、70 rpmの回転速度で動くモータと、その倍の速度で回転するモータで撹拌し波を起こすことで、動画内の倍速の海を再現しようとした作品。
「YouTubeで倍速にされている世界」は時間が関係してくる物理定数から何からすべてが倍速になっているという現実ではありえない状態になっているので、(実時間で動いている)現実空間にある海水をいくら倍速のモーターで回転させ波を起こしても、当然YouTubeでの再生とおなじになるわけはないという不毛さがある。

作品製作中は、1. 二倍速にさらされ続けた脳と、リアルタイムにさらされている脳では、なにか構造に違いが出るのだろうかということ、 2. "Lamps in Games Are Using Real Electricity" (ゲーム内のランプには本物の電気が使われている)というインターネットミーム、 3. 等速回転する物体は等速であるという点で止まっていることと同じなのにも関わらず、彫刻や岩のような止まっているものが生み出す独特の気配が全く立ち上がってこないのはなぜか。 という3点が頭の中にあった。



_MG_9902.JPG 二倍速の無音 (6メートル)/ Double Speed Silence (6 meters) (2021)

磁気テープ、QRコード、プラケース、テープレコーダー

説明:  
展示開始直前に展示空間の静寂をテープに録音し、その音(無音)を会期中二倍速にして再生し続ける作品。テープレコーダーにはスピーカーが内蔵されており、ボリュームは最大になっている。作品名内の「6メートル」とは展示で再生されていたテープの長さ。